秋の北関東旅行㉒~16箕輪城~

<10月27日(水) 4日目>
朝食のビュッフェは、夕べの居酒屋が会場でした。
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ホテルをチェックアウトして、群馬県高崎市にある箕輪城へ向かいました。
箕輪城は、浜川地域(高崎市)を中心に活動していた長野氏によって、1500年頃に築城されました。
長野氏は、箕輪城が武田氏の手に落ちるまでの60余年にわたり城を守り抜き、とくに3代目の長野業政は領民のために尽くし善政を敷いた名城主として語り継がれているそうです。

「100名城スタンプ」は、高崎市役所内にある箕郷支所と箕輪公民館の2か所にあるということでしたので、とりあえず高崎市役所へ行ってみることにしました。(カーナビが設定しやすかったので・・・)
高崎市役所庁舎はとても立派でした。
我が町明石市の庁舎とどえらい違いです。(写真はWikipediaより)
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職員の方に「明石からきました。」と言うと、えらく感動され、ものすごく丁寧に対応していただきました。
ここで「日本100名城 16箕輪城」スタンプをGET!!
68城目。
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ただし、箕輪城跡は市役所からかなり離れた場所にあるそうで、スタンプは箕輪公民館でいただく方が手っ取り速かったようです。

カーナビを設定し直して、箕輪城跡へ。
搦手門近くに整備された駐車場にクルマを停め、徒歩で本丸を目指します。
搦手口は、長野氏から北条氏統治時代の大手口、すなわち城の表口だったとのことです。
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ほどなく二の丸跡に到着。
縦横約80メートルの規模の曲輪で、出撃の拠点だったといわれています。
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<本丸門馬出し>
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<本丸跡>
南北約100メートル、東西約70メートルの規模を持つ曲輪です。
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<大堀切>
主郭部を囲むように巨大な空堀が周囲を巡っています。
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<郭馬出>
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2016年に復元された郭馬出西虎口門。
この門は、井伊直政時代の櫓門になります。
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三の丸方面へのルートもあったのですが、三の丸へは行かずに、木俣から搦手口へ戻ってきました。
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箕輪城は、榛名山の東南麓に広がる標高270mの独立丘陵に築かれた面積47ヘクタールという関東屈指の大規模な平山城なのだそうです。
広いとは言え、起伏が少ないので、山城の金山城に比べてずいぶん楽でした。

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この記事へのコメント

kunityan
2021年11月26日 11:58
箕輪城という名称のイメージが涌くことを考
えると、以前見た大河ドラマのシーンが残っ
ている故かなと思っています。

拝見していると城らしき形が余り無く、標識
説明、標石等で過去の関連する存在を表示し
ているのでしょうね。

写真を見続けていると、広大な規模を誇示し
その権勢を窺い知ることが出来ます。

4~5年前に訪れた東北の横手城も、ごく僅
かな存在表示のみだったので、城そのもの存
在をなかなかイメージ出来ませんでした。

私のように城の知識に疎いものには、イメー
ジを膨らますことが苦手で、一寸がっかりし
たことを覚えています

箕輪城址のように楼門一つでも存在すると、
意識することが出来るのですが?

史跡に基づいて復元するのは、予算が伴うの
で経済力のある自治体でないと難しいのかと
ふと考えてしまいました。