四国一周旅行24~ジョン万次郎資料館~

ほどなく「ジョン万次郎資料館」に到着。
DSC02477.JPG

万次郎は、土佐中浜浦の漁師の子。
1841年出漁中遭難して鳥島に漂着。アメリカの捕鯨船に救われ,マサチューセッツ州ニューベドフォードに伴われた。船長の好意で学校教育を受け,1852年に帰国。
帰国後は幕府で外交書簡の翻訳等に従事,1860年日米修好通商条約本書の批准交換のための遣米使節に随行し再度渡米。
維新後は開成学校(後の東京大学)英語教授を務めた。
(マイペディアより)

ジョン万次郎についての説明パネル。
DSC02478.JPG

もう少し詳しい「ジョン万次郎の生涯」についてお知りになりたい方は、「ジョン万次郎資料館HP」をご覧になってみてください。

こちらのスペースでは、万次郎の漂流・救出~アメリカでの生活について分かりやすく解説されています。
DSC_0414.JPG

「漂流」
こんな小さな舟で、よくも助かったものです・・・
DSC_0411.JPG

「救出」
万次郎たちが救出されたアメリカの捕鯨船「ジョン・ハラウンド号」の模型。
「ジョン万次郎」の「ジョン」は、「ジョン・ハラウンド号」からとったもの。
DSC_0410.JPG

「アメリカンライフ」
アメリカへ渡った万次郎は、ホイットフィールド船長により、英語や数学、測量、航海術といった様々な教育を受けさせられました。
漁師の息子として生まれ、寺子屋にすら通えず、さらに言葉のハンディがあるにもかかわらず、アメリカの学校での成績はクラスでも最優秀だったそうです。
万次郎が書いた英文がいくつか展示されていましたが、書いてある内容はよく分かりませんでした。
これなら、分かります。「万次郎自筆のABC」www
最後に「John Mung」(ジョン・マン)のサインがあります。
DSC_0416.JPG

学校を卒業した万次郎は、再び捕鯨船に乗ります。
「ホエールボートのジオラマ・・・・・」
DSC02480.JPG

10年間捕鯨船に乗った万次郎はその後、ハワイに残した仲間たちと帰国するための資金づくりに金鉱で働きます。
DSC_0413.JPG
DSC02482.JPG
DSC02483.JPG

仲間たちと帰国後、勝海舟らとともに「咸臨丸」で再度渡米。
この時。20年ぶりにホイットフィールド船長と再会したそうです。
DSC_0415.JPG

彼は何とも凄い人生を歩んできたものだと驚嘆させられます。
彼の人生を題材にした「NHKの大河ドラマ化」への署名活動が高知県のあちこちでなされていました。
私も「ジョン万次郎」大河ドラマ化、切に願っております。

山本一力氏の「ジョン・マン」を読んでいます。
まだ5巻までしか出版されていないので、これからの展開が楽しみです。


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 20

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス

この記事へのコメント

kunityan
2020年08月14日 12:41
当時の日本人では、考えられない経験、まして
身分が高い訳ではなく、一介の漁師の息子では
ないですか。

その経験から、日本の未来を切り開く重要な
役割を果たすなど、血の湧くような感動を覚え
ますね。

是非NHKの大河ドラマ化を期待したいですね。
OZMA
2020年08月15日 06:13
kunityanさん、おはようございます。
数奇な運命をたどった万次郎ですが、ホイットフィールド船長やみんなに好かれる人柄や本人の努力によって、その後の日本の将来を担うことになったのですね。
これは是非とも大河ドラマに採用してもらいたいものだと思います。
2020年08月15日 19:49
こんばんは
ジョン万次郎さん
望郷の念を捨てられなかったのでしょうね…
一介の漁師の息子が九死に一生を得て アメリカで
教育も受け 普通だったら そのまま アメリカに
骨を埋めると思うのですが…
今の時代だったら 帰国は考えられませんね…
OZMA
2020年08月16日 11:05
おとめさん、こんにちは。
当時は鎖国してましたから、帰国するのは容易なことではなかったようです。
まずは琉球へ上陸し、長期にわたって尋問され、故郷の土佐に帰ったのはその2年後だったそうです。
現在だと、ほんの数時間で帰国できますもんねw
2020年08月18日 12:52
資料館があるんですね
とても興味深いです

宇和島には、いつか行きたいと思っています
その時は寄りたいです
OZMA
2020年08月18日 18:14
とまるさん、こんにちは。
「ジョン万次郎資料館」は高知県ですね。
宇和島市からだと高知市より近いかもです。
愛媛県も高知県も初めてでしたが、見所が多くて、楽しかったです。

この記事へのトラックバック