クロード・モネ

せっかく「モネの庭」マルモッタンへ行ってきたので、帰宅してから「クロード・モネ」について調べてみました。
オスカル=クロード・モネ(1840~1926)は、印象派を代表するフランスの画家。
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池の水面におよぼすさまざまな効果を描くことに興味が移ったモネは、家の隣の土地を買い「水の庭」を造りました。
「水の庭」には、池を作り睡蓮を植え、池の上にはモネは好きだった日本の浮世絵に描かれたような日本風の太鼓橋を掛け、池の周りには柳、竹、桜、藤、アイリス、牡丹などのさまざまな植物が植えられました。
Giverny_2005.JPG
邸宅や庭はモネの死後、大規模な修復工事を経て、クロード・モネ財団により一般開放されています。

約30年間の長期に渡り、モネは250枚以上の睡蓮シリーズを描きました。
『ジヴェルニーの日本の橋と睡蓮の池』(1899年)
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『睡蓮の池、バラ色の調和』(1900年)
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『ジヴェルニーのモネの庭(英語版)』(1900年)
Monet_-_Monets_Garten_in_Giverny.jpg
『睡蓮』(1905年)
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『睡蓮』(1907年)
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『睡蓮の池』(1907年)
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『睡蓮』(1916年)
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同じ睡蓮の絵でも、歳をとるに従って画風が変わってきているのが分かります。

また、モネが43歳の時にルノワールと旅した地中海のボルディゲラ。
その光と色彩に魅了され、興奮とともに30点以上の作品を描き上げました。
『ボルディゲーラの別荘群』(1884年)
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『ボルディゲーラ』(1884年)
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ボルディゲーラは、北川村の「モネの庭」マルモッタンで「ボルディゲーラの庭」として再現されています。

さらに、モネは日本美術との関係が深く、浮世絵を200以上収集し自宅の庭に日本風の橋をかけるなどした日本通でした。
1876年にモネは、妻カミーユをモチーフにし「ラ・ジャポネーゼ」を描きました。
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最後に印象派の名前の由来となる美術史上、重要な意味を持つと言われているモネの作品
『印象・日の出』(1872年)
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(モネの作品はWikipediaより)

これだけ真面目にクロード・モネについて勉強したんですから私ももう少し絵が上達上手しませんかねぇ^^

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