新聞の父 ジョセフ・ヒコ

「播磨町郷土資料館」へ入ってみます。
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資料館には、大中遺跡の出土品などがたくさん展示されてあるのですが、今回は「ジョセフ・ヒコ」関連の資料だけを見て回りました。
入り口を入ると、なぜかマンホールのフタが展示されてありますwww
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ジョセフ・ヒコの大まかな年譜は以下の通り
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『浜田彦藏は天保8年8月21日(1837年9月20日)、播磨国加古郡阿閇村古宮(現・兵庫県加古郡播磨町)で生まれる。
13歳の時、廻船栄力丸で江戸に向かう航海中、10月29日(11月22日)に紀伊半島の大王岬沖で難破。
2ヶ月太平洋を漂流した後、12月21日(1852年1月12日)に南鳥島付近でアメリカの商船・オークランド号に発見され救助される。
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その後、救助してくれた船員たちと共にサンフランシスコに滞在。
嘉永6年8月13日(1853年9月15日)には日本人として初めてアメリカ大統領(当時はフランクリン・ピアース)と会見した。
カリフォルニア州代表の上院議員のWilliam M. Gwinに秘書として招かれワシントンD.C.に行き、安政4年11月25日(1858年1月9日)にはピアースの次代の大統領ジェームズ・ブキャナンとも会見した。
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安政6年(1859年)に駐日公使・ハリスにより神奈川領事館通訳として採用され、6月18日(7月17日)に長崎・神奈川へ入港し9年ぶりの帰国を果たした。
しかし当時は尊皇攘夷思想が世に蔓延しており外国人だけでなく外国人に関係した者もその過激派によって狙われる時代であったため、彦蔵は身の危険を感じて文久元年9月17日(1861年10月20日)にアメリカに戻った。
再度アメリカに帰った後は、文久2年3月2日(1862年3月31日)にブキャナンの次代の大統領エイブラハム・リンカーンと会見している。同年10月13日(12月4日)に再び日本に赴き、再び領事館通訳に職に就く。
元治元年6月28日(1864年7月31日)、岸田吟香の協力を受けて英字新聞を日本語訳した「海外新聞」を発刊。これが日本で最初の日本語の新聞と言われる。ただしこの新聞発行は赤字であったため、数ヵ月後に消滅した。
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明治2年(1869年)6月には大阪造幣局の創設に尽力した。その後は大蔵省に務めて国立銀行条例の編纂に関わったり茶の輸出、精米所経営などを行なった。明治30年(1897年)12月12日、心臓病の為東京の自宅にて61歳で死去。』(Wikipediaより抜粋)

播磨町では以前よりヒコの名を小惑星につけるプロジェクトが推し進められていました。
そして、平成24年(2012年)12月28日、国際天文学連合小惑星回報で「Heco」と命名されることが許されました。
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入り口付近にあった「ジョセフ・ヒコ」の資料。
一通りもらって帰ることにします。
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この後、資料をもとに「ジョセフ・ヒコゆかりの地巡り」をしてみました。

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この記事へのコメント

2020年10月10日 00:47
ほんまに、ジョン万次郎のような人がいたんですね
知りませんでした
凄いですね
OZMA
2020年10月10日 09:09
とまるさん、
色々調べてみると、この頃、日本人漂流者が海外の船に助けられ、海外で生活していた人が結構いたようです。
例えば「音吉」という人はイギリスの市民権を初めて得た日本人なんだそうです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%9C%E7%94%B0%E5%BD%A6%E8%94%B5
2020年10月10日 23:18
こんばんは♪
新聞の父ですか!
知らなかったです
ジョン・万次郎さんはもちろん
知ってましたが ジョセフ・ヒコさんも
素晴らしい方ですねぇ!
OZMA
2020年10月11日 10:04
おとめさん、おはようございます。
ジョセフ・ヒコも凄い人生を歩んだんですね。
このような人が隣町出身だとは、ついこの間まで知りませんでしたよ^^;
こうなったらジョセフ・ヒコも大河ドラマ化して欲しいですねw