魅惑の国トルコへ50~トプカプ宮殿①~

トルコ旅行最終日の午前中は、オスマン帝国スルタンの居城だった「トプカプ宮殿」を訪れました。
1460年に着工し16年の歳月を要して完成したトプカプ宮殿は、1856年に宮廷がドルマバフチェ宮殿に移るまでのおよそ400年もの間、オスマントルコ帝国歴代のスルタンの住居及び政治・行政の中心となってきました。

宮殿の正門「帝王の門」。
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ここを抜けると「第一の中庭」。
トプカプ宮殿は周辺を豊かな緑に囲まれています。
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「第一の中庭」から「第2の中庭」に入る「挨拶の門」。
宮廷の入り口で、かつては許された者しか入ることができず、現在はトプカプ宮殿博物館の入場口となっています。
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第二の中庭の左側に位置するのが後宮「ハレム」。
後宮の女性たちが暮らした「トルコ版大奥」とも言えるハレムは、美しいタイル装飾で溢れた空間が広がっています。
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皇帝の母(母后)の部屋。
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絢爛豪華な皇帝の大広間。
セレモニーやレセプションに使われたそうです。
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皇帝ムラト3世の部屋。
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厳重に囲われたスルタンのバスルーム。
裸なので、狙われたら一巻の終わりですもんね。
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トイレは和式?www
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「愛妾のテラス」
ハレム内に捕われた100人を超える女性達が外界を触れる事のできる唯一の場所だったそうです。
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「ハレム」の観光は終わりましたが、トプカプ宮殿観光はまだまだ続きます。
続きは次稿で>

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この記事へのコメント

kunityan
2019年08月16日 09:39
さすがトルコ最盛期のオスマン帝国の
最盛期を誇る宮殿だけに絢爛豪華な
雰囲気が窺われます。

それこそ徳川幕府のトルコ版みたいに
大奥システムがあったとは驚きです。

この他に何が出てくるのでしょう?
2019年08月16日 18:00
宮殿見るの好きです
ハレムのタイルが美しいですね
とっても素敵やと思います

大奥があったとは驚きました(笑)
100人の女性ですか
凄いですねぇ

続きも楽しみです♪
OZMA
2019年08月17日 15:55
kunityaさん、
徳川幕府もオスマン帝国も世継ぎの問題は深刻だったんですね。
宦官に警備や身の回りの世話をさせたというのは、なかなか考えたものです^^
OZMA
2019年08月17日 15:57
とまるさん、こんにちは。
トプカプ宮殿のハイライトは、やはり「ハレム」ですね。
「ブルーモスク」では改修工事中で、あまり内部を観ることができませんでしたが、「ハレム」はゆっくり見学できたので良かったです。
2019年08月18日 22:56
こんばんは♪
どこの国も後宮とかハレムとか大奥とか
すごいですね・・・

私 覚え間違いをしてました!
トプカプ宮殿でなくてトプカピ宮殿って覚えてました!
さすが 入試の時に 日本史選択ですよね・・・
(..;)
OZMA
2019年08月20日 08:29
おとめさん、おはようございます。
入試の時、おとめさんも世界史選択だったんですか?
私も世界史選択でした。
日本史は漢字が覚えられなくって^^;

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